散歩は好きだが今の家は5階建てエレベーターなしのため、外出が億劫でしばらくご無沙汰になってしまっていた。ゴミ出しついで、深夜2時を回る頃、店はコンビニ以外空いておらず、宛てなくブラブラする。盆休み初日の僕はどんなに適当に過ごしても誰にも咎められることはない。
近所の商店街と風俗街の和え物みたいな通りの入り口を通ると、コロナ禍でろくに客が捕まえられないのだろう、キャッチのグラサンがやる気なく「キャバクラいかがっすかぁ…」と声をかけてきた。目も見ず、力なく放たれるその声、周りのほかのキャッチ達は雑談に興じるばかりで動く気配もなく、水商売業の終末感が漂う。無視して歩を進める。
少し歩くとシャッター閉まるパン屋の下に佇む男が一人。通りを歩く男たちを見定める気配を出しており、無視する腹積もりでいたが少し気になる点があった。男はエプロンをしているのだ。おしゃれなカフェのマスターがしているようなエプロンはどう考えてもキャッチのそれには見えない。僕が横を通ってもアクションは何もなかった。「キャッチですか?」と声をかけようか迷ったが、自分から声をかけられるほどの胆力はない。本来ならば気になられる側の立場の僕が、たかがエプロン一枚のせいで逆にキャッチの事がすごく気になってしまっている。なんだが酷く負けた気分になった。消化不良のまま、少し先に喫煙所を見つけたので、タバコを吸って忘れることにする。 立ち並ぶ自販機、真ん中にある灰皿、商店街機能も内包している通りにある喫煙所としては庶民的な空気感が大変よろしく、味わいがある。近所の主婦もタバコを吸いにきた。こんな時間にタバコを吸いにくるサンダルをいい加減に履いた主婦、これもまた味わい深い。吸いながら自販機に並ぶ飲み物を見つめ何を買うか考える。腹に空気が溜まるのが嫌いで、基本的に炭酸飲料は好まないのだが盆休み初日気分が加わり、無性に瓶ラムネが飲みたい。昨今瓶ラムネなぞ祭りの屋台でもあまり見かけないくらいなので、売ってるわけもなく、サイダーで妥協した。
タバコを吸い切り、サイダーを飲みながら、一人暮らしを決めたときのことを思い出す。今の家ともう一か所、見学に行った家が近かったので見に行くことにする。駅から遠く、シャワーの後付け感が気に入らなかったので、今の部屋を選んだのだった。寄ってみると部屋の明かりは灯っており、ベランダにはハンガーがかかっている。当たり前のことだが、自分が選択しなかった部屋を選択した人間がそこにいることを実感する。パラレルワールドの自分がそこに息づいている気がした。
そのまま適当にフラフラしていると学校が見えた。コンクリで綺麗な校舎、確認してみると公立中学、中高とろくでもない見てくれの校舎で過ごした僕としては羨ましい限りだった。裏口と思しき玄関前のみ明かりが点いており、その奥は薄暗い廊下が見える。無性に探索意欲が掻き立てられ、思わず裏口ドアを開けたい衝動に駆られるを押し殺した。校舎を囲う柵にはくすんだオリンピック応援幕が張られている。このコロナ禍で、果たしてこの中学校の生徒たちは、8月に入るまで登校があったのだろうか。応援幕は皮肉が効いていた。
少しだけ家路に向かうよう方向を変えてしばらく歩くと、公園があった。砂場を見てみるとちゃぶ台をひっくり返したかのような大きさの山と穴。近辺の幼児たちが極端な砂遊びをしていることが伝わってきた。幼児性を残して年だけ食った僕もこの凹凸拡張に一役買いたくなるが、残念ながら中央のベンチでカップルが乳繰り合っている。一人深夜に帽子をかぶり、速乾性ポリエステル素材で水色な元プール監視員バイト感丸出しのシャツを着た男は怪しく見えるのか、カップルが僕を訝しげに見てきた。
見知った通りまで出る。近くにまだ行ったことのないラーメン屋があるのを思い出し、その方向を見てみると明かりが灯っている。時刻は深夜3時を回ろうとしている。テレワークばかりで運動不足解消のための散歩だったが、この時間に食うラーメンの罪深さの魅力には勝てない。ラーメン屋の入り口には家庭用の小さなプールが置かれている。普段はヨーヨー釣りなどを催し、ご家庭の子供たちを通じて継続客獲得を狙っているのだろうが、今はただ水が張られているだけだった。
営業時間は昼から午前4時までらしい。個人経営の店で、コロナ禍で客足も遠のいているだろうに商魂たくましい。近所から一定の人気を得ているのか、時間帯にもかかわらず客数は決して少ない人数ではなかった。適当なラーメンを頼む。魅力には負けたが、せめてもの思いで大盛にするのを我慢する。店員はアジア圏の訛りでラーメン一丁と声を上げる。僕の背後の席では延々と仕事について語る男が二人。一人が一方的に語っていることから力関係は明白だ。世は盆休みであるにもかかわらず、ご苦労なことだと耳を傾けていたらラーメンが出てきた。見た目も味も特筆すべき点はなく、黙々と食す。メニューの最終ページには客のコメントが綴じられていて、慕われている店なのが伝わってくる。食い終わった後に物足りなさを感じ、結局チャーシュー丼まで頼んでしまった。
会計を済ませ、店の入り口のベンチに座りタバコを吸う。玄関ドアに張られている売り文句などを眺める。どうやら近隣のどこに駐車しても、100円キャッシュバックされるらしい。駐車場で支払い後、一度店に戻って領収書を見せないと利用できないようなので、提携しているわけではなさそうだ。お得に見えて、実用しようとした場合億劫さのせいで活用されないシステムだ。リテラシーの低い人間にはお得感があるように見えるので、非提携ならば若干の効果は期待できるかもしれない。そこまで計算されたシステムなのかはわからないが。
家路につく、半分残ったサイダーをちびちび飲みながら怠惰な盆休み幕開けに、後悔とこれこそが良いのだという感情がない交ぜになる。男やもめの一人暮らしだからこそできるこの始まり方がどうしようもなく愛おしい。また近々うろつこう。
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